パナマハットの街、クエンカ

パナマハットの街、クエンカ

パナマハットとは、パナマソウ又はトキヤ草とも呼ばれる葉を細かく裂いた紐で作られる帽子です。この帽子の原産地はエクアドル。なかでも中南部のクエンカという都市が有名です。パナマハットの製造はこの町を支える重要な産業のひとつです。

古都、クエンカについて

歴史地区としてユネスコの世界遺産にも登録されているクエンカ。

歴史地区としてユネスコの世界遺産にも登録されているクエンカ。

クエンカは、エクアドル中南部の都市。アンデス山脈中の谷に位置していて、15度前後と涼しく、標高は約2,500m、険しい崖の上にあります。

この地形は二つの川の流れが長い時間をかけて創り出したものです。

中世には天然の地形を生かした上で、城壁をつくり、強固な城塞都市として防御力を誇りました。

丸石で舗装した道路や、塔のある教会など、植民地時代の建造物や街並みが多く残っています。そうした歴史あるものが状態よく保存されているため、クエンカは歴史地区として、ユネスコの世界遺産に登録されています。

エクアドルの歴史

エクアドルとスペインの文化が混じり合う美しい街の風景。

エクアドルとスペインの文化が混じり合う美しい街の風景。

パナマハットの生まれた国、エクアドル。

この国では、15世紀半ばにインカ帝国が急速に拡大しました。同じく15世紀にはスペイン人が上陸。皇位継承権争いなどにゆれていたインカ帝国は、スペインのフランシスコ・ピサロに攻められ、滅びることとなります。

スペインによる征服がはじまると、植民地化による疫病や、ミタ制による酷使により、インディオ人口は大きく減少します。

1810年代からコロンビア共和国と現在のアルゼンチンであるリオ・デ・ラ・プラタ連合州が主体となって、南米大陸各各地の解放が進みました。北のベネスエラ、南のリオ・デ・ラ・プラタ連合州から解放軍がエクアドルに迫り、各都市は独立を宣言します。

歴史を感じさせるクエンカの街並み。

歴史を感じさせるクエンカの街並み。

1822年の戦いで、ついにスペイン軍は破られ、現在のエクアドルとなっている地域が解放されました。

解放されたエクアドルは、コロンビアの一部となりますが、1830年にコロンビアからの独立を宣言。こうして、エクアドルは誕生しました。クエンカにはこの時代の建造物が多く残されています。

クエンカの世界遺産 『宙吊りの家』

クエンカは、奇岩の連なる断崖絶壁。土地が狭いので、高層な家がひしめきあっています。そうした光景は独特で、「魔法にかけられた街」とも呼ばれています。
数ある家のなかでも、特に有名なのが『宙吊りの家』です。

『宙吊りの家』は14世紀に建築されたクエンカのシンボルともいえる建造物。崖の上の限りあるスペースを効率的に 使うため、ベランダが崖の外に突き出るようなつくりになっているのが特徴です。

18世紀までは市庁舎として使われていましたが、現在は抽象芸術美術館として、現代画家の作品が展示されています。一部はレストランしても利用されています。

クエンカの人々とパナマハット

パナマハットをかぶり買い物をする人々。

パナマハットをかぶり買い物をする人々。

歴史が残る街、クエンカ。その重要な産業の一つとなっているのが、パナマハットの製造です。

クエンカやその周辺の町では、本業であったり、副収入のためであったりと違いはありますが、多くの人々が帽子づくりに携わっています。

パナマハット作りは、人々の生活の一部となっています。


トキヤ草で編まれたパナマハット。

トキヤ草で編まれたパナマハット。

パナマハットは、あらゆる情景のなかで編まれています。

材料となるトキヤ草をもって歩きながら、家族のように話しながら、果物を売りながら・・・。
ゆったりとした生活の中で、楽しみながら仕事をする。そんな人々によってパナマハットは作られています。

こうして編まれたものは、熟練の職人の手に渡り、仕上げられていきます。

写真で見るクエンカ紀行